チャ・セゲはなぜ沼るのか|『素晴らしき新世界』ホ・ナムジュンの「怒鳴る俺様なのに憎めない」の正体

チャ・セゲはなぜ沼るのか|『素晴らしき新世界』ホ・ナムジュンの「怒鳴る俺様なのに憎めない」の正体

チャ・セゲとシン・ソリを描いた色鉛筆イラスト」


『素晴らしき新世界』のチャ・セゲは、本来なら嫌われるはずの男です。


怒鳴る。人を見下す。結婚すらM&Aとしか考えない。「資本主義が生んだ怪物」と呼ばれる、絵に描いたような俺様財閥。


こういうキャラクターは、今の感覚では「無理」と切り捨てられても、おかしくありません。


なのに、観ているうちに、どうしてか目が離せなくなる。憎めないどころか、気づけば彼の一挙手一投足に胸を締めつけられている。


SNSを見れば、世界中の視聴者が同じことを言っています。「怒鳴る俺様系なのに、不思議と不快じゃない」と。これは、いったいなぜなのでしょう。


18年ぶんの韓ドラを観てきて、俺様財閥キャラには何度も出会ってきました。その中でも、チャ・セゲの"沼らせ方"は、少し種類が違う気がしています。


この記事では、「怒鳴る俺様なのに憎めない」というあの感覚の正体を、ホ・ナムジュンの芝居と、セゲというキャラクターの作られ方から、4つの角度でひとつずつほどいていきます。


まず、セゲは「嫌われて当然」の男である

ホ・ナムジュン演じるチャ・セゲの冷徹さと孤独がにじむ表情
沼る理由を語る前に、確認しておきたいことがあります。


チャ・セゲというキャラクターは、設定だけを並べれば、本当に救いようのない男だということです。


彼は財閥3世。人を、損得でしか測りません。近づいてくる人間には必ず裏がある——そう信じて生きているので、善意も好意も信頼も、彼にとってはすべて「取引」の一形態でしかない。


シン・ソリが「私を雇いなさい」と直談判してきたときも、最初は「自分の命を狙う誰かの差し金ではないか」と疑い、冷たく一蹴します。


ところが、ソリが世間で話題の人物になった途端、態度を一変させる。誰よりも早く契約書を交わそうと動き出すのです。


「あの女は、スパイではなく宝くじだったか」——このセリフが、出発点のセゲという人間を、一発で表しています。人間関係を、利益の損得勘定の上にしか築けない男。


こういうキャラクターは、ともすれば、ただ不快なだけで終わります。今の時代の感覚なら、なおさらです。怒鳴り、見下し、人を道具のように扱う——現実にいたら、関わりたくないタイプの筆頭でしょう。


なのに、セゲは嫌われない。むしろ沼られている。ここに、このドラマと、ホ・ナムジュンという俳優の、ある仕掛けが隠れています。


沼る理由①|七歳で優しさをしまい込んだ「傷」

ホ・ナムジュン演じるチャ・セゲの少年時代、お菓子を差し出す回想シーン
セゲが不快にならない、いちばん大きな理由。それは、彼の冷たさが「生まれつきの性格」ではなく、「裏切られて選ばざるをえなかった鎧」だと、はっきり描かれているからだと思います。


第3話に、セゲの子ども時代の回想があります。大人ばかりの息苦しい世界で、幼いセゲの前に現れたのが、従兄弟のムンドでした。


セゲの目に、ムンドは「頼れる味方」「優しい味方」に映ります。だからある日、セゲは仲良くなりたい一心で、ガラスの器に入ったお菓子を、ムンドに差し出すのです。


そこへ、セゲを探す祖父の声が近づいてきます。その瞬間、ムンドはわざと器を払い落とす。器は粉々に割れ、更にムンドは自分の足でその破片を踏み、自らを傷つけてみせる。


入ってきた祖父の前で、セゲが行った行為の様に振る舞う、何かを企むような目で、覗き込むようにセゲを見ながら・・・


何も知らない祖父は、セゲの頬を叩いて叱るのです。大人の前では優等生を演じるムンドの、計算ずくの芝居に、幼いセゲはなすすべもなく残酷な形で裏切られます。


信じていた相手に嵌められ、祖父からなすすべもなく頬を叩かれたあの日に、セゲが流した涙は裏切られた痛みの涙でした。


その頃のことをを回想しながら、セゲは言います。「弱者は踏みつぶされるのが世の道理だと知った」と・・・
そう語る彼は、信じて傷つくくらいなら、最初から誰も信じないと心に鎧を着せたのです。


攻撃的な男の内側に、本当は優しかった子どもがいる。その子は、踏みつぶされた日に優しさをしまい込むことを覚えた。


だから視聴者は、セゲの冷たさを「悪」ではなく「傷」として受け取ってしまう。憎みきれない理由のいちばん深いところには、この一枚の鎧があるのだと思います。


沼る理由②|支配ではなく、不器用さからあふれる「怒り」

ホ・ナムジュンとイム・ジヨンによる『素晴らしき新世界』第1話の花の決闘シーン
セゲはよく怒鳴りますが、その怒鳴り声が不思議とハラスメントには見えません。彼の怒りは「人を支配するための怒り」ではなく、「感情の伝え方を知らない男の、不器用さの裏返し」だからです。


象徴的なのが第1話。タイムスリップして混乱したソリが、車の行き交う道路をふらふらと歩き出す場面です。それを見たセゲは、とっさに彼女を助け、歩道まで連れ出します。


頭で考えるより先に、ちゃんと体が動く優しい男なのです。


ところが口から出るのは「死にたいのか!俺が責任を問われるんだぞ。パワハラだの国の恥だの、俺に罪をかぶせたい連中はごまんといるんだ」という、自分の身を守るための怒鳴り声。


常に周囲を警戒して生きてきた財閥御曹司ゆえの防衛本能かもしれませんが、このちぐはぐさこそがセゲという男を物語っています。


他人の危機を放っておけない隠れた優しさがあるのに、それを優しい言葉で渡すことができない。だから、怒鳴る形でしか感情を外に出せないのです


このあと、金で解決しようとしたセゲにソリが激怒し、道端の大きなヤシの葉を振り回す、通称「花の決闘」が始まります。


負けじとセゲも花束で応戦するのですが、ここで大事なのは、セゲが「怒鳴る」けれど「卑怯ではない」ことです。


財閥の権力を使ってSPに排除させることもできるのに、彼はむきになって、ソリと同じ子供の喧嘩の土俵に立ってしまう。


大の大人が、花や葉っぱを武器に全力で叩き合う——本来なら緊迫するはずの初対面が、笑ってしまうほどコミカルな乱闘へと変わります。


古典的な俺様財閥の怒りが「上から人を黙らせる怒り」だとすれば、セゲの怒りは「感情を持て余した結果あふれてしまう、子供っぽい怒り」です。


人は、支配しようとする怒りには引きますが、不器用なだけの怒りには、つい笑ってしまう。


笑った瞬間に、私たちはもう半分くらい、セゲという男を許して、沼に落ち始めているのです。


沼る理由③|硬さと脆さを行き来する「声と表情の落差」

ホ・ナムジュン演じるチャ・セゲが捨て犬を受け取る第4話のシーン
セゲという不器用な男が、単なる「嫌な奴」にならず、むしろ愛おしく見えてしまう最大の功労者は、彼を演じるホ・ナムジュンの緻密な演技設計にあります。


特に、彼の「低音ボイス」と「表情のON/OFF」のギャップは、このキャラクターに凄まじい説得力を与えています。


まず耳を奪われるのが、彼の響きのある深い低音ボイスです。セゲが冷徹にビジネスをこなす時、あるいはソリに対して怒鳴る時、その声には一切の軽さがありません。


声に圧倒的な「男としての説得力」があるからこそ、セゲという存在が安っぽくならないのです。


正式なビジネスモードである「ON」の仮面を被っているとき、彼の声には冷徹な威厳が宿ります。


しかし、予測不能なソリにペースを乱された瞬間、彼の顔は一変して「OFF」になります。


第4話の警察署のシーンでは、不安と理不尽さで騒然とする空気の中、声を張り上げることもなく、ただ低く重い声で事実を告げてソリの無実を証明し、連れ出します。
まさに、頼れる大人の男の「ON」の極みです。


ところが、その直後のシーンで、私たちはまた彼の「OFF」に裏切られます。「花の決闘」で、冷徹な仮面が、一枚はがれ落ちたように・・・


助けてくれたお礼にと、ソリから道で拾った捨て犬をプレゼントされる場面。


実は深刻な動物アレルギーを持つセゲですが、「いらない」と拒絶すべき場面で、彼はソリの笑顔に負けて言葉を飲み込んでしまう。


「困る」とこぼしながらも、その顔は怒れずにいる。結局、彼は犬を受け取ってしまいます。その「OFF」の表情。


権力で警察さえ黙らせる男が、惚れた女の「的外れなプレゼント」には絶対服従してしまう「絶対的権力」と「絶対的降伏」のギャップ


この二面性を完璧にコントロールしているからこそ、私たちは彼の不器用な怒りに恐怖を抱くどころか、愛おしさを覚えて「沼」に引きずり込まれてしまうのです。


沼る理由④|自尊心を捨てて「降伏」へと至る、時間をかけた変化のグラデーション

ホ・ナムジュン演じるチャ・セゲがソリに「俺が奪ってやる」と告げる車内シーン
セゲの魅力は、ソリと出会ったからといって「急にヒーローになる」わけではない点にあります。


氷のように冷たかった男の心が、彼女の熱に触れて、時間をかけて少しずつ溶けていく——。


この丁寧なグラデーションがあるからこそ、私たちは彼の変化に深く納得し、気づけば全力で彼を応援したくなってしまうのです。


その変化のプロセスを象徴するのが、物語の要所で描かれる彼の「鉄板ルールの書き換え」です。


第1話ではトラブルをすべて「金」で解決しようとしていたセゲが、第5話になると、あまりにも愛らしくて決定的な例外を作り始めます。


無名女優であるソリのために、撮影現場にド派手なコーヒー車を送り込むセゲ。さらに見ものなのが、その後の車内のシーンです。


彼は用意した花束をこっそり渡そうと不器用に画策します。第1話であれほど激しく「武器」として殴り合っていた花束が、今や「彼女を喜ばせるための贈り物」に変わっていること自体が激変ですが、ここでの二人の会話がとにかく最高なのです。


「賄賂なんか送って何が目的だ?」とソリに詰め寄られたセゲは、彼女の心臓を指さし、「俺が奪ってやる」と告げます。


ソリが「……それって『報復』?」と問い返すと、セゲは不敵に、けれどどこか愛おしそうにこう微笑むのです。


「いや、降伏だ。愛と戦争は負けるが勝ち」


自尊心の塊だった財閥トップの男が、自分のプライドをすべて投げ捨てて「お前に完全に降伏した」と白旗を上げる。


このセリフこそ、セゲの心がソリに完全に囚われた決定的な証拠です。


この甘く不器用な降伏宣言を経て、第6話の「手首へのキスシーン」を通過し、物語は第8話の漢江(ハンガン)でのラーメンのシーンへと繋がっていきます。


ホ・ナムジュンとイム・ジヨンの『素晴らしき新世界』第8話、漢江のラーメンシーン


高級なものしか口にしなかった男が、コンビニのジャンクなラーメンを前に、心を通わせた後のソリと向かい合って、同じ目線で並んで食べている。


それは、降伏したセゲが「ソリの生きる世界を心から受け入れ、愛おしんでいる」という完全な変化の証明です。


しかし、この名シーンの真の恐ろしさは、ここからの「セリフの伏線回収」にあります。


川沿いの風の中で、セゲが何気なくソリに放った「느껴봐(感じてみて)」という言葉。この一言を聞いた瞬間、ソリの時が止まります。


ホ・ナムジュン二役、前世のイ・ヒョン大君と現代のチャ・セゲ


なぜならその言葉は、300年前の朝鮮時代、セゲの前世であるイ・ヒョン大君が、彼女の前世カン・ダンシムに向けて微笑みながら言った「너도 한번 느껴 보거라(お前も一度感じてみよ)」という、切なくも美しい記憶の言葉と完全にダブるからです。


現代のチャ・セゲとしての「不器用な愛の降伏(日常の共有)」を描きながら、その声の響き一つで、300年の時を超えて引き継がれた「大君としての絶対的な運命の絆」を観客に一瞬でフラッシュバックさせる。


日常の共有(降伏)の先に響く「前世の記憶」


このセリフのシンクロがあるからこそ、セゲの成長と変化には、単なるラブコメの枠を超えた凄まじいロマンの説得力が宿るのです。


なぜ沼るのか——その答えは、「彼」自身にあった

ホ・ナムジュン演じるチャ・セゲがソリの手首に口づける第6話のシーン
ここまで、チャ・セゲが「怒鳴る俺様なのに憎めない」理由を、四つの角度からほどいてきました。


七歳で優しさをしまい込んだ傷。支配ではなく不器用さからあふれる怒り。
硬さと脆さを行き来する、声と表情の落差。核心を突く自尊心を捨てて「降伏」へと至る、時間をかけた変化のグラデーション。


この四つは、ばらばらの魅力ではありません。すべては「冷たさの下に、本当はあたたかいものを隠している男」という、一本の線でつながっています。


嫌な奴(jerk)なのに、金の心(heart of gold)。


海外の視聴者がセゲをそう呼んだのは、きっとこの矛盾を、言葉にせずとも感じ取ったからでしょう。


そして、忘れてはいけないことがあります。この矛盾は、放っておいて成立するものではない、ということです。


一歩間違えれば、ただのパワハラ男。もう一歩間違えれば、ただの薄っぺらいツンデレ。その細い細い道の上を、低音ボイスと一瞬の表情だけで歩ききった俳優がいたから、チャ・セゲは「沼れるキャラクター」になりました。


その俳優、ホ・ナムジュンが、実は長い回り道を経てここにたどり端いた"遅咲き"の人だと知ると、セゲの厚みの理由が、もう少しだけ腑に落ちる気がします。


画面の中で冷たく笑うあの男の奥行きは、彼自身の歩んできた時間と、どこかで響き合っているのかもしれません。


その物語は、別の記事に書きました。チャ・セゲに沼ってしまった人は、きっと、彼を演じた人のことも知りたくなるはずですから。


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韓ドラ好きブロガーyayaのプロフィール

この記事を書いた人

yaya|韓国ドラマ歴18年。「冬ソナ」がきっかけで韓国のドラマ・文化に魅了され、今ではOSTや俳優情報まで幅広く発信中。プロフィールを詳しく見る

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